読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

昭和後期こどもの歴史研究会

~こどもは生まれる社会を選べない。生まれた社会に適応するだけである。Byエミール・デュルケーム~ 昭和後期のこどもが育った社会はどういう社会だったのでしょう。 それは、現在のこどもが育つ社会とはどのように違ったものだったのでしょう。 昭和後期に育ったかつてのこどもたちが、現在のこどもたちに、自分たちの育った社会を語り伝えたいと思います。 それが現在のこどもたちの歴史認識となり、彼らが未来を選択していく上での糧となることを願います。お問合せは、info★takuboy.net。★を@にして下さい。

夏の上映会、お疲れ様でした

春日部市親と子で見る良い映画」のチラシによれば、「せんせいのつうしんぼ」「四年三組のはた」そうして「ガキ大将行進曲」は、1977年から1979 年にかけて同団体により上映されています。 私が小学校5年生~中学校1年生の時期に当たります。 映画を見ていて、私は「古い」という印象は受けず、「自分が見慣れた景色」という印象を受けます。 私が大学を卒業したのが1992年。 その頃から、新築の大学施設が総ガラス張りになったり、エレベーター付きの巨大駅が設置されるようになったりしたのですよね。 2両連結のローカル線が走る福島県の駅ですら、エレベーター付きの巨大駅になるのですから、これはもう必要性以外の目的で改築しているのではないでしょうか。 人々が、派手なファッションを追いかけるのに必死になっているように思えます。

  代表には、チラシ作成で尽力いただきました。 『ポーランド映画史』でも、「第一次世界大戦当時に制作された映画は、もうフィルムは残っていない」「しかし、チラシが残っており、チラシを見ればどういう映画であったのかを推定できる」と書いてあります。 映画にとってのチラシの重要性を物語っています。

  昭和後期には、腕白であったり、夢を見ていたり、独創的であったり、こども時代にしか体験できないようなことを体験できるこどもがいいこどもとされていたのではないでしょうか。 現代の社会は、そういうこどもをいいこどもとは考えていないように思われます。

 

事務長