昭和後期こどもの歴史研究会

~こどもは生まれる社会を選べない。生まれた社会に適応するだけである。Byエミール・デュルケーム~ 昭和後期のこどもが育った社会はどういう社会だったのでしょう。 それは、現在のこどもが育つ社会とはどのように違ったものだったのでしょう。 昭和後期に育ったかつてのこどもたちが、現在のこどもたちに、自分たちの育った社会を語り伝えたいと思います。 それが現在のこどもたちの歴史認識となり、彼らが未来を選択していく上での糧となることを願います。お問合せは、info★takuboy.net。★を@にして下さい。

個性的でない凡人は目立ってしまう

1月9日(土)深夜、NHK教育テレビで「戦後史証言プロジェクト-日本人は何を目指してきたのか⑤教育について-知識か考える力か」が放映された。

あばれはっちゃく」原作者の山中恒さんも取材に答えて「敗戦を境に学校教育がそれまでと正反対の価値観を教えた」ことを批判していた。

山中恒さんは、私のこども時代に最も活躍されていたこども読み物作家である。

続いて番組では昨今の個性化教育について触れ、「全ての始まりは個性重視の原則」と述べていた。

1985年6月に、臨時教育審議会が発表したあれである。

「5・4制」だの「学習塾を学校として公認する」だの、今まで日本が築いて来た学校教育の在り方を根底から揺さぶるものとして、当時の私は不安を感じたものである。

本の学校教育の変遷を、戦後史の観点から掘り下げようとする番組の意図には満足できた。

「こどもは生まれる社会を選べない。生まれた社会に適応するだけである」(エミール・デュルケーム

少し学校教育に関心を持ったことのある方ならご存知だと思うが、臨時教育審議会の後、学校教育はひたすら個性化に向かって突き進むことになる。

「個性重視の原則」の後の展開として、

 

・1989年学習指導要領改訂において、「基礎・基本の重視と個性教育の推進」が主要な基本方針とされ、第一章総則第一に置かれた教育課程編成の一般方針には、「自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成」が謳われている。その一方で、高等学校版学習指導要領では、「生徒の特性・進路等に応じて適切な教育を行う」と謳われていた。

 

・1992年3月13日「小学校及び中学校の指導要録の改善について」では、指導要録における各教科等の評価については「学ぶ意欲の育成や、思考力・判断力・表現力の育成を図る」と述べている。

 

バブル期には現在の教育キーワードが出揃っている。

私のこども時代の教育キーワードは「能力」であったが、1966年10月の中央教育審議会以来20年足らずの寿命であった。

しかし、個性化教育の根拠のなさや弊害が指摘されているにも拘らず、30年が経過してもそれが改められることがないばかりか、むしろ強まっている。

個性化教育は一つの体制なのではないか。

 

「個性重視の原則」では、次のようなことも言われている。

「個性とは、個人の個性のみならず、家庭・学校・地域・企業・国家・文化・時代の個性をも意味している。」

「時代の個性」とは何なのか。

意見が言え、競争を好み、パソコン・英語・経営学の知識を使って世界市場でメイド・イン・ジャパンを売りまくってくれる人格のことではないか。

いろいろある個性の中でも、政府としてはこどもたちに「時代の個性」を最も身に付けてもらいたいのではないか、と思える。

それでは、「個性」を纏った新たな画一主義ということにならないか。