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昭和後期こどもの歴史研究会

~こどもは生まれる社会を選べない。生まれた社会に適応するだけである。Byエミール・デュルケーム~ 昭和後期のこどもが育った社会はどういう社会だったのでしょう。 それは、現在のこどもが育つ社会とはどのように違ったものだったのでしょう。 昭和後期に育ったかつてのこどもたちが、現在のこどもたちに、自分たちの育った社会を語り伝えたいと思います。 それが現在のこどもたちの歴史認識となり、彼らが未来を選択していく上での糧となることを願います。お問合せは、info★takuboy.net。★を@にして下さい。

NHK放送博物館を見学しました

明日から寒が戻ると言うので、思い切って行ってきました。

NHKのテレビジョンカー、登場は1937年なのですね。

1940年には国民所得が戦後の1956年水準に達していたし、都市では洋食も食べられた、というのがよく分かります。

「1974年のお茶の間風景」、リアルでいいです。

Youtubeで「明るいなかま」を検索すると、1974年の音声が出て来ますが、NHKは1974年に何かしらの転換点があったのでしょうか。

『滝山コンミューン一九七四』を読めば、当時の家庭生活の様子は分かるかもしれません。

映像ライブラリーでは、1975年に放映された「新・坊ちゃん」を見て来ました。当時私は小学校3年生です。

坊ちゃん:柴俊夫、赤シャツ:河原崎長一郎山嵐西田敏行

と、私が小学校高学年~中学生頃に活躍した俳優たちが勢揃いしていました。

この物語の最終回で、「登場人物の10年後」が放映されて、坊ちゃんは駅員になっており、生徒たちは日露戦争の最前線に送られており、山嵐は故郷・福島県の小学校の分教場で教えていたことを思い出しました。

当時の私は山嵐役の俳優が誰であるかを知らず、福島県出身であることも知りませんでした。