昭和後期こどもの歴史研究会

~こどもは生まれる社会を選べない。生まれた社会に適応するだけである。Byエミール・デュルケーム~ 昭和後期のこどもが育った社会はどういう社会だったのでしょう。 それは、現在のこどもが育つ社会とはどのように違ったものだったのでしょう。 昭和後期に育ったかつてのこどもたちが、現在のこどもたちに、自分たちの育った社会を語り伝えたいと思います。 それが現在のこどもたちの歴史認識となり、彼らが未来を選択していく上での糧となることを願います。お問合せは、info★takuboy.net。★を@にして下さい。

『先生は一年生』その1 「風船が運んできた人!?」(1981年12月16日放映)

東円(榊原郁恵)のクラスが風船を飛ばし、返事を求める手紙を添えたことから、数通の返信があります。

東大の学生だと言う森岡洋平から返事があり、中川毅が飛ばした風船を拾ったということです。

森岡が昼休みに学校を訪問して来ることになりました。

教頭は、「授業中に、そんな見ず知らずの人を児童に接触させるわけには行かない」と反対したものの、円が「こどもに夢を与えてくれた東大の学生の森岡君だ」と反論し、何かあったら円が責任を取ることにして森岡の4年4組訪問を実現させます。

こどもたちは、クラッカーを鳴らして森岡を歓迎しました。

森岡は、中川の家に泊めてもらうことになりました。

しかし、森岡が帰った後、中川の家では財布に入れてあった現金を紛失していることを確認しました。

東大に森岡という学生がいないことも判明しました。

森岡は、東大を3回受けて3回落ちていたのです。

森岡は、4年4組を再び訪れ、こどもたちに謝罪します。

こどもたちから森岡に向けて消しゴムのかすが投げ付けられました。

森岡を警察に連れて行くべきか、行かざるべきかで紛糾したところ、中川が「風船を飛ばしたら、また拾って下さい」と表明します。

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いかがですか。

森岡役は、三波豊和さんが演じています。

この時期、三波さんは<教育学部の学生>役を演じることが多く、2~3年後には<新米の小学校教員>役を演じることが多かったと記憶しています。

小学生との相性がいい俳優だったようです。

偶然の出会いは、信用していいか悪いかの判断に苦しみます。

慎重な人や臆病な人は信用しないほうを選ぶでしょうし、好奇心の強い人や楽天的な人は信用するほうを選ぶでしょう。

この物語では、信用するほうを選んだ円が馬鹿を見てしまいます。

「風船を飛ばしたら、また拾って下さい」という中川の言葉が胸に刺さります。

今回は縁がなかったけれども、また縁があったらその時は是非・・・ということでしょう。

しかし、中川がまた飛ばした風船を、また森岡が拾う確率はゼロとも言えるでしょう。

せっかくの縁を、つまらない欲のために台無しにするな、という教訓であると思います。