昭和後期こどもの歴史研究会

~こどもは生まれる社会を選べない。生まれた社会に適応するだけである。Byエミール・デュルケーム~ 昭和後期のこどもが育った社会はどういう社会だったのでしょう。 それは、現在のこどもが育つ社会とはどのように違ったものだったのでしょう。 昭和後期に育ったかつてのこどもたちが、現在のこどもたちに、自分たちの育った社会を語り伝えたいと思います。 それが現在のこどもたちの歴史認識となり、彼らが未来を選択していく上での糧となることを願います。お問合せは、info★takuboy.net。★を@にして下さい。

『先生は一年生』その3 「隠し砦の七悪ガキ!」(1982年2月10日放映)

4年4組のこどもたちが、隠し砦を作っていることが学校で評判になります。

しかし教員たちは、「僕は教師だから、危険なことは望まない」という姿勢。

保護者達も、危険なことは望みません。

円は、保護者達を説得しました。「あなたは、こどもの頃、隠し砦を作りませんでしたか。」

「そう言えば、ガキの頃、作ったような気がする・・・」と保護者達の意見が一致し、めでたく隠し砦は公認となります。

しかし、別の問題が発生しました。

紅茶を差し入れする母親や、「これじゃ、雨漏りする、どけ」と釘や金槌を持ち込む父親が現れたのです。

これでは、隠し砦の意味がありません。

こどもたちは、円に隠し砦の場所を教えたことを後悔しました。

校長が、「水車はバランスよく水に浸かっているから回転する。教師が隠し砦に関わるのは、こどものことにのめり込み過ぎ。こどもたちにも、踏み込まれたくない部分がある」との見解を示しました。

こどもたちは、親や教師に踏み込まれた隠し砦を放棄し、円にも内緒の隠し砦を再建したのでした。

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人間は、こども期を脱すると、童心を忘れてしまいます。

「危険だからやめさせろ」とか、「見守って、快適な環境で遊ばせろ」とか言うのは、童心を忘れた<大人>が言うことであって、童心を捨てる気のない私には到底承服できません。