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昭和後期こどもの歴史研究会

~こどもは生まれる社会を選べない。生まれた社会に適応するだけである。Byエミール・デュルケーム~ 昭和後期のこどもが育った社会はどういう社会だったのでしょう。 それは、現在のこどもが育つ社会とはどのように違ったものだったのでしょう。 昭和後期に育ったかつてのこどもたちが、現在のこどもたちに、自分たちの育った社会を語り伝えたいと思います。 それが現在のこどもたちの歴史認識となり、彼らが未来を選択していく上での糧となることを願います。お問合せは、info★takuboy.net。★を@にして下さい。

個性主義に抑圧されるこどもたち

筑波大学土井隆義さんが執筆した『「個性」を煽られる子どもたち-親密圏の変容を考える』(岩波ブックレット、2004年)を読みました。

「とりあえず、食事とかしない?」とか、「俺的には、〇〇の意見に賛成って感じ、ウン!」とかいったぼかし語を使う現代のこどもたちの人間関係について分析しています。

SMAPが2003年に流行らせた「世界に一つだけの花」が、この世代のこどもたちの個性に対する考え方をよく示しているそうです。

「♪一人ひとり違う種を持つ・・・一つとして同じものはないから・・・もともと特別なonly one。」

個性とは、人間関係の中で磨かれるものではないそうです。

個人が持って生まれたダイヤモンドの原石のようなものだそうです。

この社会では、個性的であることがいいことであるとされています。

それがこの社会の規範であり、個性を追求している個人は、この社会の規範を内面化させていることになります。

個性と個性が衝突したら、摩擦が起きます。

摩擦を避けるために、現在のこどもたちはぼかし語を使って意見の対立を表面化させないそうです。

(ここでも、先行研究はエミール・デュルケームになっています。「社会化」です。)

現在のこどもたちは、大きな社会変動を経験することがなく、自分がいる世界を歴史の一コマと捉えにくいため、個性追求に夢中になるそうです。

(私の母は、「戦争を知らない世代だ。あんたたちは、親が戦争を知っているから」とコメントしました。)

現在の生活に感動などなく、感動と言えるのはスポーツイベントくらいのもの、しかしそのスポーツイベント自体が現実に根差したものではない、1964年東京オリンピック時には、いくらでも世界に未開拓のフロンティアが広がっていた、とも述べています。

(資本主義の終焉は近い、と述べるある識者は、現在の世界に残っているフロンティアは熱帯アフリカくらいものものであることを指摘しています。この書籍が、2020年東京オリンピック誘致成功から10年近く前に書かれていることに注目すべきです。)

さて、ベルリンの壁崩壊後、フランシスコ=フクヤマは、「歴史の終焉」で、「議会制民主主義と市場経済は人類史の終着駅である。もう政治に振り回されることはない。個人は趣味に生きればいい」と述べています。

その結果が、個性主義なのですね。

戦争や革命で人命が失われる可能性はありません。

大切なダイヤモンドの原石を損ねることは、最大の罪悪なのでしょう。

ただ、アスリートの活躍がテレビを飾るだけの毎日。

必要以上に友達に接近したら、大きな摩擦を招く危険性。

自殺したくなりませんか。