昭和後期こどもの歴史研究会

~こどもは生まれる社会を選べない。生まれた社会に適応するだけである。Byエミール・デュルケーム~ 昭和後期のこどもが育った社会はどういう社会だったのでしょう。 それは、現在のこどもが育つ社会とはどのように違ったものだったのでしょう。 昭和後期に育ったかつてのこどもたちが、現在のこどもたちに、自分たちの育った社会を語り伝えたいと思います。 それが現在のこどもたちの歴史認識となり、彼らが未来を選択していく上での糧となることを願います。お問合せは、info★takuboy.net。★を@にして下さい。

人工衛星飛んだ

脚本家の三谷幸喜さんが、朝日新聞に連載中のコラムで、ご自身が小学校4年生の時のこどもの遊びについて述べていらっしゃいました。

・「人工衛星」~10人ほどで円陣を組み、手を繋いでぐるぐる回る。「人工衛星人工衛星、飛んだ!」と叫んで、一斉に手を離す。回転していた勢いで、参加者たちは広範囲に飛ばされる。飛ばされた位置から、他の参加者のいる場所でジャンプし、相手の足に自分の足を引っ掛けて転ばしたら勝ち。

・「スリル」~左右に揺れるブランコの下に横たわり、ひたすら恐怖と戦う。

1971年ですよね。

まだ、町医者と言ったら「天才バカボン」に出て来るような藪医者が跋扈していた時代だと思われます。

写真は庶民にもようやっとカラーフィルムが手に届くようになった頃。

米ソ核軍事力増強競争のさ中で、こどもの間にも宇宙開発の話題が身近であったと思われます。

舞台劇「子供の事情」は、子役を使った演劇なら、是非見に行きたかったところです。

現在の子役が演じたら、自分の役を演じること自体が歴史学習になりますよね。