昭和後期こどもの歴史研究会

~こどもは生まれる社会を選べない。生まれた社会に適応するだけである。Byエミール・デュルケーム~ 昭和後期のこどもが育った社会はどういう社会だったのでしょう。 それは、現在のこどもが育つ社会とはどのように違ったものだったのでしょう。 昭和後期に育ったかつてのこどもたちが、現在のこどもたちに、自分たちの育った社会を語り伝えたいと思います。 それが現在のこどもたちの歴史認識となり、彼らが未来を選択していく上での糧となることを願います。お問合せは、info★takuboy.net。★を@にして下さい。

必要なのは授業研究だけではない

私が博士後期課程の指導教員を探していた頃、神戸の私立大学で教授をしていた大塚英志さんにメールを送って返事をいただいたことがあります。

「1970年代こどもの実態論を研究したいのですか。先行研究は阿部進さんですね。ただ、世代論では博士論文は書けませんよ」と助言されました。

先日その阿部進さんが亡くなり、朝日新聞9月9日夕刊付け「惜別」に「カバゴンはこどもの味方」という文章が掲載されました。

最晩年とも言える今年の1月にも講演を行い、「学校が知らない新しい『現代っ子』がいるはず。それを書いた本を読みたい」と語ったそうです。

まさに私がその本を書きたいのです。

そのような現代っ子は、四半世紀も前に顕在化していると思います。

ブルマーを売るか売らないかは私が決める」というような女子高生と、裁判所がそういう女子高生の言い分を「新しい人権」として支持することを恐れる学校。

その構図が小学生にまで降りて来たら、それは「学校が知らない新しい『現代っ子』」になると思います。

博士後期課程の指導教員を探していた頃、「こどもの社会化」を専門にしている中国学院大学の教授からも返事は頂いていたのですが、「私とは違う」と回答されました。

国学院大学の教授は、「学校におけるこどもの居場所作り」を専門にされていたようです。

学校の中と外とで、こどもの顔が違うことをご存知ないようです。