昭和後期こどもの歴史研究会

~こどもは生まれる社会を選べない。生まれた社会に適応するだけである。Byエミール・デュルケーム~ 昭和後期のこどもが育った社会はどういう社会だったのでしょう。 それは、現在のこどもが育つ社会とはどのように違ったものだったのでしょう。 昭和後期に育ったかつてのこどもたちが、現在のこどもたちに、自分たちの育った社会を語り伝えたいと思います。 それが現在のこどもたちの歴史認識となり、彼らが未来を選択していく上での糧となることを願います。お問合せは、info★takuboy.net。★を@にして下さい。

平成の終焉 冷戦後の終焉

小学校では、おじいちゃん・おばあちゃん世代が第二次世界大戦中のこども体験を語ることは歓迎されます。

そのため、私は臨時的採用教員の面接で、「冷戦時代のこども体験を語りたい」と述べたことがあるのですが、面接者からたちまち変な目をされました。

朝日新聞9月15日(金)付けに、「『冷戦後』の終わり」という文章が掲載されています。

1989年夏、この文章の筆者が東ベルリンを旅行した時に喫茶店でコーヒーフロートを注文したら、アイスクリームは溶けていたし、コーラの気は抜けていたそうです。

そうしてこの年の夏が終わり、涼しくなった頃にベルリンの壁は崩壊したのですよね。

しかし鉄のカーテンの存在は悪いことばかりでなく、鉄のカーテンは西側諸国にとっては過度の資本主義化を抑制する作用を持っていたとのことです。

2017年に目を転じましょう。

今から10年近く未来の、2026年FIFAワールドカップの参加チーム数を32から1.5倍の48に増やした根拠は、サッカー産業に対する資金流入が止まっていないことにあるそうです。

サッカーの隆盛は、冷戦後の国際資本主義の作用そのものであると言ってもいいでしょう。

もし未だに鉄のカーテンが存続していたら、サッカーはメジャーになっておらず、多くのこどもたちがサッカーと出会っていなかった可能性もあるのですよね。

サッカーは、ファッションの変化に応じてユニフォームを新しくするような競技ですから、こどもにとってファッションはより身近なものになります。

冷戦終結はこども時代を別のものにしており、小学校で、お父さん・お母さん世代が冷戦時代のこども体験を語ることもあり得るのにな、と考えています。

元号8年の2026年FIFAワールドカップが、現在と同じ環境で迎えられるとする保証はありません。