昭和後期こどもの歴史研究会

平成時代の社会変化で、その直前の昭和後期こどもの歴史は忘れられています。お金にならないため、企業も投資したがりません。人間の幸福感の問題として、昭和後期のこどもの文化を、現在のこどもたちに伝えていく努力をしたいです。昭和後期のこどもの文化に幸福を感じる現在のこどもを、一人でも育てられたら嬉しいです。

嫌なこと

昭和後期の学校関係者は、「教育目的を達成する」ため、子供によく暴力を振るったと思います。

しかし、1990年代に入ってから、学校教育の目的が「一人一人の成長を支援する」ことに変わり、学校関係者が子供に対して暴力を振るうことはなくなりました。

子供としても、学校教育を受ける目的が自分のためになったのですから、学校で「嫌なこと」に耐える必要もなくなったのです。

「教育目的を達成する」ために学校教育を受けた世代か、「一人一人が成長する」ために学校教育を受けた世代か、大人になってから世代別に分かれて集会をしてみると傍から見て一目瞭然になると思います。

前者は、人間関係の縛りが堅く見えるのではないでしょうか。

後者は、人間関係の縛りが緩く見えるのではないでしょうか。

具体例を挙げれば、前者は「明日5時に集合、他の人も都合を付けて来るのだから時間厳守」とするところを、後者は「明日5時“頃”に集合、人それぞれ都合があるのだから、自分の都合を片付けてから」とするのではないでしょうか。

「嫌なこと」でも教育目的のために子供に強制をする学校教育と、教育は自分のためであり「嫌なこと」は必要ないとする学校教育とでは、そのような開きが出ると思えるのです。

種子

日本相撲協会広報部長が、女の子を土俵に上げられない理由を、「顔に傷が付く恐れがあるから」と述べていますね。

宮脇康之さんの自伝『ケンちゃんの101回信じてよかった』の記述を思い出しました。

小学生の頃、いじめっ子に殴られそうになった時、宮脇康之さんは「お願いだから、顔だけは殴らないで」と言ったそうですね。

人気の子役であり、さすが美貌が売り物だけのことはあります。

相撲のように、男らしさ・女らしさを頑固に維持できる世界も珍しいと思います。

現代人の人権意識に流されることなく、相撲が文化としての男らしさ・女らしさを継承して行くことを望みます。

来世紀になってから、今世紀のような人権意識が誤りであったと合意された時、相撲が前世紀の伝統を継承していれば、相撲を足掛かりにして男らしさ・女らしさを再構築することができると思うのです。

相撲が男女同権に踏み出していたら、男らしさ・女らしさは博物館にしか残っていないでしょうね。

一旦ゴーサインを出したら

ここ数日、わんぱく相撲に出場させてもらえない女の子がテレビで紹介されています。

確かに、女の子であることのみを理由にして、わんぱく相撲の門戸を閉ざすのは誤りでしょうね。

男性であることのみを理由にして、保育士への門戸を閉ざすのと同じことですから。

しかし、ここで気を付けなければならないことは、一旦門戸を開いたら、性別不問が善として独り歩きしてしまうことです。

現在、多様性の旗の下に、天から与えられた自分の性別と異なる生き方をすることが奨励されていますが、これらは1986年の男女雇用機会均等法が発火点になっていることを忘れてはなりません。

「私は女の子でいいわ」という女性に対して、「意識が低い!同じ女性として、恥ずかしい!」などと叱責する必要などどこにもありません。

性別不問は、天から与えられた性別のままに生きるのが困難である人に対して特例として認めればいいと思います。

上映会のお知らせ

「ガキ大将行進曲」
議論の末、実績のあるこの作品に決めました。「まってました、転校生!」はまた次回。
・場所:新座市立大和田公民館和室
・入場料:無料

駆け出しの消費社会

最近、我が家の近所に昭和レトロ喫茶が開業しました。

客席の周囲に、年代物の自動車や家電製品などを展示しているのですが、いずれも昭和30年代、昭和中期のものなのです。

一緒に行った友人に、「昭和前期や昭和中期には企業が投資するが、昭和後期には投資しない」と不満を漏らしました。

すると友人は、「昭和後期は駆け出し。バブル期にお金を掛ければ洗練されたものになることを気付いた」と答えました。

そうなのかもしれません。

「日本でコンビニ、ファミレス、ファストフードといった消費社会が始まったのは、70年代半ばである」と横浜国立大学の高橋勝教授は述べています。

私が小学校高学年だった70年代後半、テレビのCMでビジネスマンが各国語で挨拶してみせ、最後に「こんにちは」で締めくくるといったものがありましたが、このCMは90年代以降の国際競争の原型であると考えられます。

「駆け出し」が「未熟」に置き換えられれば、知念侑李さんがひょっとしたらお父さんから教わったかもしれない認識に結び付くことになるでしょう。

教育委員会生涯学習課の職員から、「児童映画は70~80年代ではない。60~70年代だ」と指摘されました。

「70~80年代」だと、「駆け出しの消費社会」という意味になり、現在よりも進んでいないことが前提となりますが、「60~70年代」だと消費社会とは別の文脈になる可能性があります。

社会変化は天気か

先日、勤務校の離任式があり、その後飲み会がありました。

教務主任が、「教育における不易と流行」について言及されていました。

本会の基本的な研究課題です。

不易と流行の選別基準についての視点が欲しいと思いましたが、「捨てるものは捨てていい。変化を恐れてはならない」と仰るに留まりました。

しかし、ここで注目すべき点は、変化というものがまるで自然現象のように捉えられている点です。

朝日新聞で読んだことがあるのですが、竹中平蔵さんが小泉時代に「グローバル化は現象ではない。ファクトである」と述べ、人間としてはこれに適応するしかないかのような捉え方をされていました。

が、最後には「グローバル化は人々が豊かさを求めた結果である」と述べ、グローバル化の原因が人々の豊かさ願望の結果であることを認めていました。

現在起きている変化の多くは、1980年代に源泉がある場合が多いと思われます。

現在のこどもたちに、変化が起きる前の社会を教えることが大事です。

自分の生まれた社会を、客観的に見詰められるようにしなければなりません。

「まってました、転校生!」を覚えていますか

1985年11月、私は大学生になっていましたが、私の出身小学校の体育館でこの作品の上映会が開かれるということで、見に行ったことがあります。

予告編で、この3月に4代目あばれはっちゃくを卒業した坂詰貴之くんが登場しました。

どこから見ても小学生とは言えないような体格になっていました。

会場にいたこどもたちから、歓声が上がりました。

この時期の小学生たちとは、映像作品としての「あばれはっちゃく」を共有していたのです。

さて、肝心の内容と言えば、旅の一座の小学生男子が各地を転校して回る物語という他は、あまり覚えていません。

本会の次の上映会で何を扱うかを検討していて、この「まってました、転校生!」が浮上しました。

幸い隣の市の図書館に原作が所蔵されており、借りて読んでみることにしました。

1984年6月刊行。

傷も染みも黴の匂いもなく、保存状態は大変良好です。

新刊に遜色がありません。

作者は布勢博一さん。

本業は脚本家で、「男一匹ガキ大将」「熱中時代」「天までとどけ」などの脚本を手掛けていらっしゃいます。

ご自身がこども時代に中国と日本を行き来した体験を基に執筆されているようです。

主人公の下山明は小学校4年生。

1984年の小学校4年生ですから、1974年生まれであると考えられますが、1983年に学習研究社『五年の学習』に掲載されていると言いますから、1972年生まれかもしれません。

服装は冬でも半袖・半ズボンと指定されています。

転校するなり、短い在学期間で効率的に人間関係を作るために、クラスで一番強そうな子と喧嘩をするそうです。

教員仲間が言っていましたが、今の男の子の優しい目付きに比べて、一昔前の男の子の目付きが鋭いのは、よく喧嘩をしたからだそうです。

喧嘩シーンが何回も出て来ます。

児童文学の男性作家は、喧嘩シーンの描写が巧みであることが多いですが、今のこどもは「痛いの嫌いだし、怖いの嫌いだし」と言い出さないでしょうか。

そうして、旅の一座というものが、今のこどもに理解されるかも自信がありません。

私でも実物を見たことがありませんから。

あばれはっちゃく」の作者・山中恒さんが、『現代こども文化考』の中で、「髷物が今のこどもに受けないのは出版界の通説である」と述べています。

インターネットで、古い作品の代名詞ように言われる作品の作者がそう仰るわけですから、相当の古さであると考えていいでしょう。

今のこどもの親世代の創作ではなく、祖父母世代の創作を紹介することになりますよね。

「時代を超えて普遍的に通用する作品か」という点を検討しなければなりません。