昭和後期こどもの歴史研究会

平成時代の社会変化で、その直前の昭和後期こどもの歴史は忘れられています。お金にならないため、企業も投資したがりません。人間の幸福感の問題として、昭和後期のこどもの文化を、現在のこどもたちに伝えていく努力をしたいです。昭和後期のこどもの文化に幸福を感じる現在のこどもを、一人でも育てられたら嬉しいです。

まるで今世紀初めのよう

以下のようなお知らせを発見したので、討議対象にしたいと思います。

全文を引用します。

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高志幼稚園・小学校保護者の皆様

高志幼稚園・小学校長 武田 國宏

高志小学校PTA会長 納田 明豊

小学校体操服(夏用・冬用)の変更について(お知らせ)

師走の候、皆様におかれましては、ますますご清祥のことと心よりお喜び申し上げま

す。日頃は高志幼稚園・小学校の教育活動ならびにPTA活動に対してご支援ご協力い

ただき感謝いたします。

さて、題記の件について、以下のように変更をいたします。なお、変更の決定に至る

までには、校内体操服検討委員会(PTA会長を含む)での協議、PTA本部役員会で

の協議を実施いたしました。さらに、PTA学年役員・健全育成部会でも説明をさせて

いただきました。変更の目的、変更内容、変更の時期等についてご理解いただきご協力

お願いいたします。

1変更の理由

①現在着用している体操服(夏・冬用)には上着の前と後ろにゼッケン(名字を記入し

た布)が縫いつけられ、児童の個人情報が遠足等の校外学習の際に、学校関係者以外

に知られる可能性がありゼッケンを取り外す必要があるため。

②運動会、その他の学校行事において、有線放送等の撮影がある際には撮影・収録後に

学級担任等が番組内容の詳細なチェックを行い、個人情報(ゼッケン等)の消去等に

膨大な時間がかかるため。さらに、個人情報保護のために一部番組内容がカットされ

ることがあり、番組全体を見ることができないという保護者・地域の皆様のご不満を

解消するため。

③現在の体操服の素材は、かなり昔の素材であり、吸湿・発汗性もよくなく、酷暑の時

期は子どもにとっていい状態でないため。さらに、梅雨時期には洗濯後体操服が乾き

にくく保護者の皆様の手間がかかること。新しい夏用体操服の上着は、吸湿・発汗性

に優れ、黄ばみにくく、UV(紫外線)カット、透け防止の素材でつくられている。

④デザイン面で今日的なデザインに一新すると同時に、高志小学校のシンボルカラーを

青に統一し、児童に高志小学校の一員であるという意識を高めるため。

2 変更の内容

①夏用・冬用体操服共にデザイン、素材が新しくなります。(具体的変更については裏

面の写真をご覧ください。)

②夏用・冬用体操服共に「名字が記入されたゼッケン」を廃止いたします。

③夏用・冬用体操服共に現在使用されている「高志小学校」のマーク、その下に小さい

サイズで名字の刺繍(グレー)を縫いつけていただきます。なお、名字の刺繍につい

ては「長方形の布地に名字の刺繍」の縫いつけ(この場合は有料)も可能です。

④現在使用している「短パン」は廃止し、下は「クオーターパンツ」のみになります。

(サイズは中学生体型の児童まで対応が可能)。長ズボンは素材・デザインは変わりま

すが現在同様あります。

3 移行期間等

①平成30年度入学の1年生については、全児童が新しい体操服を着用することとしま

す。(ただし、兄・姉・親戚・知人の方等から現在の体操服を譲り受け、着用したい

という保護者の方については幼稚園担任に申し出てください。)

②現在小学校1年生から5年生の児童は、次の体操服を買い替えるまでを移行期間とし

ます。最大6年間の移行期間を設定いたします。その期間は、児童の中で新体操服と

現在の体操服が混在することになります。

③現在の体操服を着用し、ゼッケンのみを外して使用してもかまいません。もちろん、

ゼッケンがついたままでも結構です。

④新体操服の価格は、現在の体操服と同様か少し安くなり、コスト的に保護者の皆様の

負担が極端に増加することはないと思われます。

⑤在校生の保護者の皆様で、近々体操服を買い替える予定の方は新体操服をご購入くだ

さい。来年1月から購入が可能になる予定です。なお、来年1月からは現在の体操服

は販売されなくなります。

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ある意味、びっくりしました。

このような体操着の変更が行われたのは、平成真っただ中の2000年から2005年の時期が多いのです。

まだ宮崎勤も存命で、日本全体が「こどもの安全大合唱」に揺れていた頃です。

ゼッケンと短パンを廃止するのが変更のポイントである点は、変更の目的はこどもを部外者の目から隠すことにあると言っても過言ではありません。

犯罪認知件数が戦後最少を更新する中、この学校では何か具体的に事件が起きたのでしょうか。

泰明小学校のアルマーニ標準服が平成30年度を期して5年計画で行われるように、この高志小学校でも平成30年度を期して5年計画で行われるとのことです。

いずれも平成のうちに、まるで平成の遺産であるかのように、駆け込み的にモデルチェンジを行おうとしている点では方向性が同じであると考えます。

ブランド標準服

私が2010年に非常勤を勤めた小学校で、職員室で給食を食べていたら、標準服指定をしている小学校で、モデルチェンジをする学校が多いことが話題になりました。

おしゃれ志向で標準服をモデルチェンジすると、そのうちDCブランドの標準服が出て来るのではないか、と私がいささか極論を述べました。

すると同席していた校長が、「いいんじゃない、お金を出すのは親だから」と言いました。

しかし、東京都中央区立泰明小学校のアルマーニ標準服騒動を見ていると、私の8年前の極論が現実になった感があります。

泰明小学校の校長は、アルマーニ標準服で「泰明小学校の誇り」のようなものを感じさせたい、と言っていますが、この標準服を着た登下校中の同校児童が一面識もない通行人から「これがアルマーニか」と服を摘ままれたりしているとなると、この標準服はもはや尊敬の対象ではなく、軽蔑の対象になっていると感じます。

私は泰明小学校が標準服のモデルチェンジをする必要はないとの立場です。

標準服で学風を表現できるなら、泰明小学校にはむしろ標準服で質実剛健を表現していただきたいものです。

道は開ける

私が卒業した学部は教育学部ではありません。

今でこそ系列の小学校と連携して小学校免許が取得できますが、当時は中学・高校免許しか取得できませんでした。

二重学籍になるため、在学中は通信課程とダブルスクールをすることもできず、教職課程で学ぶのは学部卒業を待たなければなりませんでした。

全教科に渡る教材を熟読し、レポートを作成するのは、現役から離れれば離れるほど困難な作業になると思います。

しかし、その困難を克服して免許取得に漕ぎ着ければ、確実に道は開けます。

私の周囲にも、一旦学部を卒業してから通信教育で免許を取る人は意外に存在します。

例えば、私の小学校5~6年生の時の担任の先生は、一旦体育学部を卒業し、大人相手のスポーツインストラクターを経て教職課程で小学校免許を取り直した人でした。

代表には健闘を祈りたいです。

私立大学通信教育協会主催合同入学説明会

先日、私立大学通信教育協会主催合同入学説明会があり、本会の事務長の知人の教師と一緒に行きました。本格的に教師を目指すための第一歩となります。なかなか一人では教師になる決心はつかなかったのですが、助けてくれる人がいたり、説明会などへ参加すると、前へ進めますね。
 
社会人のため時間を作るのは容易ではなく、仕事と勉強の両立に悩みますが、できるところからやっていこうと思います。教師の仕事は、本会の活動ともリンクしているところがあるので、常に研究心を持ち続けたいですね。

学習会「体罰と指導死について考える」

2月25日(日)15時30分~17時30分

新座市立大和田公民館児童室

利用料金410円を参加者で分担

管理教育の行く末

教員採用試験の勉強会で、「ザ・中学教師」という映画の上映会がありました。

プロ教師の会の原作で、1992年の作品です。

中学校舞台の作品であり、本会の研究対象よりは上ですが、教育現場で当時できたことが現在あまりにもできない、と話題になりました。

なぜできなくなったのか、博士号を取得できたら独自研究したい、と述べたら、「社会学ですね」と容易に理解されました。

「現在、即ち1908年のフランスでは、例え口論の末に刺されても、“運が悪かったね”で済まされなくもないが、将来些細な過ちが犯罪として咎められる時代が来る。なぜならば、人間はそのようにできているからだ。」

この先見に立ち返りたいです。

おさるのかごや

朝日新聞1月12日(金)付けオピニオン欄、「異論のススメ」。

保守系思想家の佐伯啓思さんが、「明治維新150年-矛盾はらんだ日本の近代」という文章を寄稿しています。

明治維新以来の日本の近代は、その中間に第二次世界大戦があり、第二次世界大戦を挟んで前半と後半に分けられるそうです。

前半の行き着く先が戦争だったとするなら、後半の行き着く先はグローバル化なのだそうです。

グローバル化の内実は西洋化であり、西洋化の内実はアメリカ化だそうです。

知識であれ、制度であれ、生活様式であれ、西洋流(と言う名のアメリカ流)を先進文明と見做してひたすら模倣し、しかもそれを日本の先端で誇るというのは奴隷根性だそうです。

その通りですね。

前近代の東アジアでは、アメリカを中国にそのまま置き換えられました。

この寄稿が掲載された日、私はたまたまJR東海道本線に乗っており、小田原駅を通過しました。

小田原駅の発車の合図は「おさるのかごや」。

日本の土俗的なメロディーだな、と感じました。

先日も述べたように、バブル期に生まれたJポップは、「旧来の日本の土俗的なものが死に、新しい西洋的なものに生まれ変わった」という神話の上に成り立っているそうです。

音楽産業は利潤追求の私企業であり、「あなたは、そういうものを求めているでしょ」と消費者の欲望を先に掘り起こすそうです。

西洋が力で世界を支配している近代、列強と対峙しつつ独立を維持するためには西洋文明によるしかないのであれば、日本土俗を捨て、西洋的(特にアメリカ的)なものに乗り換えようとする消費者は、国民としても頼もしい限りでしょうね。

テレビドラマ「あばれはっちゃく」が、バブル期を迎えると同時に終焉したのは、偶然ではなかったように思えます。