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昭和後期こどもの歴史研究会

~こどもは生まれる社会を選べない。生まれた社会に適応するだけである。Byエミール・デュルケーム~ 昭和後期のこどもが育った社会はどういう社会だったのでしょう。 それは、現在のこどもが育つ社会とはどのように違ったものだったのでしょう。 昭和後期に育ったかつてのこどもたちが、現在のこどもたちに、自分たちの育った社会を語り伝えたいと思います。 それが現在のこどもたちの歴史認識となり、彼らが未来を選択していく上での糧となることを願います。お問合せは、info★takuboy.net。★を@にして下さい。

「こどもファッション-小さい人たちへの眼差し」を見て来ました

東京都庭園美術館で開催中の、「こどもファッション-小さい人たちへの眼差し」を見て来ました。

「こどもらしさは、こどもが作ったわけじゃない」というサブタイトルにも、関心を抱きました。

冒頭で、NHKテレビで紹介された、「男の子向けドレス」が登場します。

新しさを追求して現代人を驚かせようとしたわけではなく、18世紀のヨーロッパで男の子向けファッションとして実在したことが分かりました。

18世紀後半には、こども服では、可愛らしさを追求しようとしたそうなのですが、1810
年代に、こどもが大人と同じ服を纏い、「小さな大人」になった時期があるそうです。

優秀な児童文化(児童文学・玩具など)が輩出されなかったことが原因だそうです。

日本で言えば、百姓一揆や打ちこわしなどで、江戸幕府の統治が揺らぎ始めた頃です。

日本におけるこども服では、1923年に広まった男の子用の水兵服が印象的でした。

『赤い鳥』の時期です。

『コドモノクニ』の復刻版が陳列されていましたが、最も新しいものは、第二次世界大戦が始まったばかりの1942年8月号でした。

以上見て来て、ヨーロッパにおけるこども服でも、日本におけるこども服でも、それを懐かしく感じる人たちが、ほとんど存命していないのではないかと思いました。

「同窓会にするのではなく、次代に伝える」が本会の課題ですが、同窓会も開けないような遠い過去のことしか取り上げられないのが現状なのです。